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みんなの「日本人論とグローバリズム」ブログ


どうすることもできない問題

2016/03/09 00:15
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世の中にはどうすることも出来ない問題という物が確実に存在する。
例えば、日本の地質学的な構造というものがそれだ。

政治が悪いとか経済が悪いという人間に起因するものだったらどうとでもなる。
ところが、日本列島のプレートがどうたらこうたらという問題はもうどうしようもない。

あえて言えば宿命、運命というものである。

人間が100年間くらいしか寿命がないというのもそれで、もちろん科学が進めばどうにかなる問題かもしれないが、少なくともその未来までの人類の万単位の年月の天文学的な人間たちにはどうすることも出来なかった問題であった。

あと数年以内、早ければ今日にも、次の大震災は起きるだろう。
その場所が、「たまたま」原発が無い場所であった。
人が万単位で死んだけど、まあ復興すればいいよね?逆に復興特需が起きて契機的には良かったよね?という「幸福な」オチだったら別に良い。

ところが、日本中に張り巡らされている原発に直撃したらどうするか?

答えはどうにもならない。である。

福島のようにたまたま、綱渡り状態で持ちこたえられた。
それはそれで「日本」という国家の運であろう。
もちろん、全国の日本国民の善男善女の陰徳のおかげかもしれない。
しかし、その次は?
次が持ちこたえられても、その次は?さらにその次は?
これは地球が消滅するまで続くのである。

結論から言えば、要するに、日本という国はすでに「詰んでいる」。
この地震列島に、原発を張り巡らされた地点で詰んでいるのである。

無論、それは日本国の地政学上、仕方の無かったことかもしれない。
核装備が必要だったのだろうし、石油に代わるエネルギーが欲しかったのかも知れない。
科学の進歩によって原発のリスクを低下させる技術に期待を持っていたのかもしれない。

しかし、その賭けは失敗した。
日本はギャンブルに負けたのである。
支払いのチップは、一億の国民の生命財産と日本国の主権である。

次に「その時」が来たら、その時、我々の考える「日本国」は存在しないであろう。
元々、主権の無い敗戦国であるが、建前としての主権すら剥奪される。
それが国連の単一統治の政権か、連合国による分割統治かは状況次第である。

想定されるシナリオは、一部の脱出可能な層以外の一億の日本人は悲惨な生活を送るということと、この日本列島が、世界の核廃棄物のゴミ捨て場になるということである。

願わくば、多くの日本人に幸いあらんことを。
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本当の自分を探して三千里〜自分探しの到達点「釈迦の境地」〜

2014/07/19 02:19





自分探しは古来から、暇人がやるものと相場が決まっている。

古代ギリシャは哲学が花開いたが、日々の労働を奴隷に任せた自由人(貴族)の娯楽であった。

これはいつの時代でも変わらない。

自分探しをする若者は単に暇な学生時代があるからで、人間暇になれば、自分探しをするというのは昔から変わらない。

そして、その暇人の中でも、最も有名人なのは釈迦であろう。

彼は、暇人であるがゆえに、自分探しを求めて、そして人類でもイエスと並んでトップの有名人に出世したのである。

釈迦の親が甘やかしていなければ、そもそも釈迦は自分探しになど行かなかったのは間違いない。


そんな釈迦だが、今の若者(と言っても30過ぎたニートであるが)と同じように自分探しを実施した。
だが、彼はただのニート中年ではなかった。
自分探しの果てに辿り着いた境地は、

「諸法無我」

すなわち、

「自分など無い」

という結果に辿り着いたのである。

これは実際にそうなのかということ以前に逆転の発想である。

自分探しの結果、見つかった「自分」が何なのかは、個々人によって千差万別であろう。
「アーティストの自分」の者もいるだろうし、
「エンジニアの自分」の者もいるであろう。

しかし、釈迦は自分探しの結果、探すべき自分そのものの存在を疑い、
そして、それをなくしてしまった。

あらゆる権威や価値観を剥ぎとった「裸の自分」すら彼は認めなかったのである。

およそ、カントが世界の存在分析を、自分の認識の位置にシフトさせる2000年前に、
彼は、さらに進んで、自分という存在すら疑い、認めなかったのである。

そして東洋の叡智の「無」に到達した。

そして同時に日本の叡智でもある。

我々が、この叡智である無を使えないのは、無能だからである。

無を使える有能になりたいものである。
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− タイトルなし −

2014/03/22 19:27
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全ての思考は相対的であるとする可能性である以上、一面的に見る方法は危険である。
必ず複眼的な視点を必要とする。

上図は、日本列島の地図であるが、こうした角度にすることによって、大陸を覆っている日本列島の姿が見える。
地政学的観点からは正に「不沈空母」とも言うべき、大陸国家に対する包囲を形成している様子がはっきりとわかるのである。

プレートテクトニクス理論によれば日本列島が大陸から離れて今の状態を形成したとある。
日本が海洋国家として大陸国家と対立して存在するのは、国土形成から決まっていたことなのかも知れない。

そしてさらに、「地図」を拡げてみると、日本の東には当然ながら広大な太平洋が広がっている。
無論アメリカ大陸がその先にある。
アメリカから見て、日本は対大陸要の不沈空母になりうるが、逆に日本からは「アメリカへの障壁」は存在しないこととなる。つまりアメリカとは隣国という関係にある。
大陸とは半島や台湾を隔てている関係にあるが、アメリカとは緩衝地帯が無い。
あまり、日本人の意識には想起しないがアメリカとは「隣国」である。
広大な太平洋の存在により意識が希薄であるが、アメリカとは地続きの隣国であるという意識が日本には必要なのである。
必然的に、日本がアメリカにとりうる外交策は隣国への策と同じになる。

これがイメージしにくければ太平洋が無いイメージを思い浮かべればよい。
日本のすぐ隣にアメリカ大陸があるイメージである。
現在の航海、航空技術はすでにそのような距離感を持ってイメージするべき段階にある。
このイメージからは強大国の中央に位置する日本の位置づけが思い浮かぶであろう。
そしてこのような中間の弱小国の生き方は難しい。
半島の国家の右往左往ぶりを見ていればそれが首肯せられるであろう。
しかし、今後の日本は半島の国家を笑ってはいられなくなる。
いずれ、日本も同様の選択を迫られることになる。
強国の中間に位置する国の生き方は歴史から学び、さらにそれを超える知恵が必要となる。



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古典を読む_【老子】_第1章

2013/10/31 23:35


老子と言えば、諸子百家にして、道教の祖である。
とは言え、実際に読んだことのある日本人は少ない。
実際に中身は哲学的な話であり、そのままでは使えないからであろう。
論語を読む人間も、引退して世間の喧騒を離れた時に読むような扱いである。
もちろん、道教系の教団も世界にはあるが日本では少数派である。
仏教と競合するからだろう。
大陸では長いこと、仏教と抗争を続けてきたが、ほとんど混ざってしまっている。

実は日本にも意外と関係があり、神道の元ネタというのはほとんど公然の秘密である。
日本人はよく神道、儒教、仏教の三教を軸にしていると言われるが、中国だとこれが、道教、儒教、仏教になる。
要するに神道と対して変わらないのである。
空海の三教指帰もやはり道教、儒教、仏教の三教である。

西洋の一神教が世界を席巻している中(そして行き詰っている中)、東洋の思想を鑑みることは、日本人にとって、そして世界にとって重要なことであると認識する。

いつものとおり、独断と偏見で老子を解読していく予定である。
なお、原文や書き下し文は、
老子を参考にした。

第一章

道可道、非常道。
名可名、非常名。
無名、天地之始。
有名、萬物之母。
故常無欲、以觀其妙、
常有欲、以觀其徼。
此兩者、
同出而異名、同謂之玄。
玄之又玄、衆妙之門。

道の道とすべきは、常の道に非(あら)ず。
名の名とすべきは、常の名に非ず。
名無し、天地の始め。
名有り、万物の母。
故に 常に無欲にして、以て其の妙(みょう)を観(み)、
常に有欲にして、以て其の徼(きょう)を観る。
此の両者は、
同じく出でて名を異にし、同じく之を玄(げん)と謂う。
玄の又玄、衆妙の門。


分かりやすい意訳
「俺の名を呼ぶなッ!」
一言で言えば上記の意訳のとおりである。
これに関して、この記事を見ているレベルの人間ならまずピンとくるはずである。
聖書の神、ヤハウェである。
出エジプト記で神の名を問われた時に、
「我は在りて在るものなり」
と答えている。
要するに、答えてないわけである。
神の名を直接呼ぶのは恐れ多いため、ヤハウェというのは仮名である。
十戒にも神の名をみだりに呼ぶなと書いてある。
日本人が実名を呼ぶのを忌避して官職名で呼ぶのと同じことである。
(例、天皇陛下など)

この道教の聖典も同じである。
道という究極存在は名前を付けられないと言うのである。
要するに下々の者がみだりに名を呼ぶと威厳が下がるのである。
外国人が昭和天皇のことを「ヒロヒト」などと呼ぶのと同じことだ。
そしてこれは同時に、
「人間の認識の及ばない存在」
としての意味もある。

人間は全動物の中でトップに位置する進化した生物である。
その存在は知恵で持って他の生物を征服し自然を加工し、地球上でほしいままに
振舞っている。
当然、全ての存在に対して認識のメスを入れている。
名前と言うのは、昔から「呪」であるとされていたように、対象の存在を、
縛る呪術である。
それは人間の認識の対象に収まることを意味する。
名前が付けられないと言うのは人間の認識の対象を越えているということである。
老荘思想や仏教などの神秘主義は人間の認識を賛歌しない
近代西洋文明の理性の力と真逆の方向である。
西洋魔術のカバラもそうだが、人間とう生物の認識を超越したところに究極があると
する。
ここではそれが道である。








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騙される方が悪いは本当か?

2013/08/02 02:15


世の中には騙された!と騙す人もいるのでややこしいが、もちろん基本は騙す側の方が圧倒的に悪い。
世の中はなんだかんだ言って善意を建前としているのだから当然である。
ただし、弱肉強食が成り立つような場面でそれを言ってもしようがない。
例えば戦争時にそんなことを言っても負け犬の遠吠えである。

この記事
日本人は孫子をわざと誤解してきたのか?
にもあるが、日本人は謀略を嫌う傾向がある。
兵法経営で有名な人の孫子本を見たときも、のっけから謀略は良くないと書いてあって、日本にはなじまないのであろう。
ただし、それが日本という国にとって、マイナスになっているとしたら話は別であるが。



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輪廻転生はなぜ現代社会で廃れたか?

2013/07/28 22:56




輪廻転生のシステムは古代からあり、輪廻転生が信仰されているタイではばんばんビルからダイブして次の転生に期待しているらしい。
現代人としては、輪廻転生の話というのは、身分制度是正のための差別論補強思想だというのがインテリの発想であろう。
しかし、そもそも論として、これが何で人類に出たのか考察する必要がある。

一神教では基本的に輪廻転生論はタブーである。
一神教化される前の社会ではギリシャやエジプトなどあったが、一神教に多神教が駆逐されるに従ってなくなっている。
別に一神教が身分制度を無くす人権思想を持っていたとは考えにくいので、一神教のシステムが多神教と違って輪廻転生を否定する因子を持っていたと考えるのが妥当である。
それは何か?

一神教の特性として反自然的思想がある。
砂漠で生まれた宗教だからというわけでもないが、自然より上位にある神を想定して構築された宗教である。
自然=宇宙を作った唯一絶対の神は自然の法則に左右されない。
輪廻転生というのは春夏秋冬、生老病死の自然のサイクルである。永遠に螺旋するシステムである。
神とその被造物である特別な地位にある人間が自然のサイクルにあるというのは一神教にとって認めたく無いシステムなのではないだろうか?
世界そのものすら一直線に進化し、週末に向かう思想が一神教である。

一神教の自然否定。
これが一神教が輪廻転生を認めない理由ではないだろうか?






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才能は結局のところ努力量ではないのか?

2013/07/10 23:39


およそ、才能というのは天からのギフトであり、一切の凡人の努力を蹴散らすものである。
いや、実際には天才は凡人よりも単に練習時間が遥かに長い。その結果である。
恐らく、文明が始まって以来の論争であり、資本主義の問題も加わり、再分配の問題もからむため、永遠に決着はつかないとは思うが、そもそも才能とは何だろうか?

生まれによるものというのを細かく分析してみると、親の資産環境や遺伝子などが上げられる。
遺伝子による恵まれた物理的医学的な才能というのは実際に存在していることから、軽率に看過することは出来ない。
問題はこの生まれによる才能が社会的な成功に直結していることから、富の格差が生じることである。
アメリカなどによる才能社会は才があれば社会的資産は天井知らずである。
個人の芽を潰す日本社会では上限があろう。
個人の才を伸ばし、報酬を払うアメリカ型社会は、一見正しいように見える。
ただし、才が無い人間が貧困に陥り、それが社会構成人口の大多数になれば話は別である。

やはり結論としては、才能という生まれによるものが存在すること自体は、許容する必要がある。
そしてその才能を潰さず伸ばす環境が得やすい社会というのは必要である。
だが、その才によって得られた資産に対する社会への再配分をきちんと実施する強制システムがあることが条件である。
一番難しいのはどこまでを才能と線引きをするかによる。
世界中で引き起こされている、「金融の才能」により格差貧困が実施されている現状は明らかに、社会全体の秩序にとってよろしくないのである。
個人的才能だけでなく、家による次世代以降の税制課税による身分固定の打破、才能を伸ばす環境をどこまで自由にするか?

アメリカ型新自由主義システムの悪影響が公に論議されるようになって久しい。
才能という個人のカテゴリに収まらないテーマとなる。
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合気とは何か?

2013/06/14 01:04

合気道は基本、武道ではなく宗教である。
また、和という日本人の美徳のような顔をしているが、何事も陰陽である。
表があれば裏がある。
和とは仲良くするだけのことでディベートによる止揚を為すことの無い、日和見思想という裏の面がある。
当然、この思想は、主張できない日本人という典型的なパターンとなって現れてくる。
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ありがとうは本当に効果があるのか?其の2

2013/06/11 00:05



前回
http://sekaikenjin.at.webry.info/201304/article_13.html
ありがとうが世間に布教されている実態を書いたが、なぜ今ありがとうが、流行っているのか?
また誰が何のために流行らせているのか?

単純に考えて、ありがとうとは現状肯定の言葉である。
つまり今自分が受けている環境や境遇をポジティブに考えているという証明だ。
同時に、外部の環境に限らず、自分の内面で満足しているという証明である。

日本的な思考として外部を改革せずに精神論で自分を改造しようとする思考は、戦前から存在する。
いい面としては自己責任として、絶えず自分を克己する作用があり、
悪い面としては、現状の社会システムに反抗しない非近代的な思考と言える。
日本の悠久の伝統である皇室というコアなテーマにも関連する。

恐らく、自然に対して反抗しないアニミズム的な多神教的思考と、自己改革の仏教精神が作用しているのだろう。
こうした精神は上記の如くいい面と悪い面が存在する。
逆によく比較される欧米やユダヤ人的思考にも長所と短所があるのはいうまでもない。
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数の思考法

2013/05/09 00:32
古代宗教などは、色々とシンボルや共通性が見られるが、まあ人間の考えることなので、ある程度の共通性がある。

文化や人種などの違いにより、個性的な差異というものが発生している反面、どこの国にもどんな人間にも共通する何かがある。
その考えを推し進めてきたのが近代科学と言えよう。

無論、これは個別の人権などをないがしろにする危険性をはらんでいるため、一種の危険思想なのだが、グローバリズムが進む現代ではある程度の正当性がある。
国や人種を乗り越えて普遍の価値や概念があるというのは、近代からの思想である。
念のために言っておくがこれが現代のグローバル資本による略奪や植民地や帝国主義の理論背景になったということも当然忘れてはならないが・・・

さて、その共通性の一つとして数の思考法がある。
宗教にはよく数の象徴が出てくるのはご存知かと思う。
キリスト教だろうが仏教だろうが神道だろうが、共通して出てくる数や、意味ありげな数などが良く出てくる。

表の教義でもあるが、裏の神秘学になると、もう屁理屈としか言いようが無いやり方で表の経典を数や言葉で分析する。
これはもう人間にとって共通の思考と言えるもので、ユダヤ教のカバラから道教から密教や神道までこの手の数遊びが大好きで、必ず大きな宗教には共通して存在する。

基本、0や1は宗教上、価値がある至上の存在で2は陰陽と行った具合である。
0から9までの一桁は大抵、ご立派な理論がくっついているのが実情である。






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タイトル 日 時
誰が言ったかが重要で何を言ったかは重要ではないのが世間の慣わし
言葉と言うのは、文章と違って、直接人間が放つものであるため、 顔が見えない文章と違って、発した本人のレベルが大きく信用性に左右される。 ...続きを見る

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2013/04/13 00:44
河童の正体
河童の正体 民俗学の有名な公理に 「妖怪は神々の零落した姿」 と言うのがある 昔信仰されていた神々が没落すると人々の記憶上で妖怪に零落するのである では河童はなんであったのだろうか? 実はこの正体は日本史の教科書に載っていて誰でも知っている左画像の人である と言ってもザビエル本人ではない 当時から日本に来ていた宣教師である 知っての通り戦国末期にはキリスト教は日本で大流行していたが、その後、政治的な事情により禁教となった 隠れキリシタンは別として棄教して数世代経つとキリスト教と宣教師は忘れ... ...続きを見る

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2013/04/09 22:28
ハンニバルの言葉
We will either find a way, or make one. Hannibal ...続きを見る

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2013/03/07 08:55
交友とは何か
前回の、言葉が世界を作る話の続きになる。 ...続きを見る

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2013/02/28 23:41
始めに言葉があった
始めに言葉があった 聖書に大仰に書かれているタイトルであるが、 この 「世界が言葉で出来ている」 というのはなかなか侮れない言葉である。 ...続きを見る

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2013/02/26 21:27
収縮思考と拡大思考
日本人論によくあるテーマとして、収縮思考というものがある。 要するに、日本人は何でも小型化し、単純化する思考ということだ。 当然、物事には裏表陰陽の二面があるため、いい意味でも悪い意味でも使われる。 ...続きを見る

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2013/02/21 23:48

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